資金循環表
マクロ経済学の基礎、資金循環表の考え方。
目次
前提
経済には大きく分けて4種類の登場人物(経済主体)がいる。家計、企業、政府、海外である。以下、それぞれの経済主体がどのような行動をするのか、整理する。
家計
家計は、粗所得(雇用者報酬、財産所得、自営業主の混合所得、持ち家の帰属家賃収入)*1のほか、土地の売却、中古資産の売却によって資金を得る。
逆に、消費や住宅投資、土地の購入、中古資産の購入、直接税(所得税)の支払いによって資金を放出する。
企業
企業は、粗所得(営業余剰)*2のほか、土地の売却、中古資産の売却によって資金を得る。
逆に、粗設備投資、土地の購入、中古資産の購入、直接税(法人税)の支払いによって資金を放出する。
政府
政府は、直接税や間接税、土地の売却、中古資産の売却によって資金を得る。
逆に、政府消費や公共投資、補助金、土地の購入、中古資産の購入によって資金を放出する。
海外
海外は、(今着目している国の海外からの)輸入によって資金を得る。
逆に、(今着目している国から海外への)輸出、要素所得の純受取によって資金を放出する。
定義
貯蓄とは、所得のうち消費に回されなかった部分のことである。すなわち、
$$粗貯蓄=粗所得-消費支出$$
ここでいう消費支出は税金の支払いも含む。
文字
部門
H: 家計(Houshold)
CP: 企業(Corporate sector)
G: 政府(Government)
O: 海外(Overseas)
売買
b: 購入(Buy)
s: 売却(Sell)
変数
FSD: 資金過不足(Financial surplus or deficit)
S: 粗貯蓄(Saving)
IN: 粗所得(Income)
L: 土地(Land)
UP: 中古資産(Used property)
C: 消費(Consumption)
I: 投資(Investment)
DT: 直接税(Direct tax)
IT: 間接税(Indirect tax)
SB: 補助金(Subsidy)
IM: 輸入(Import)
EX: 輸出(Export)
FC: 要素所得(Factor income)
各経済主体の資金過不足
家計
$$FSD^H=IN^H+L_s^H+UP_s^H-C^H-I^H-L_b^H-UP_b^H-DT^H$$
$$=S^H+L_s^H+UP_s^H-I^H-L_b^H-UP_b^H$$
企業
$$FSD^{CP}=IN^{CP}+L_s^{CP}+UP_s^{CP}-I^{CP}-L_b^{CP}-UP_b^{CP}-DT^{CP}$$
$$=S^{CP}+L_s^{CP}+UP_s^{CP}-I^{CP}-L_b^{CP}-UP_b^{CP}$$
政府
$$FSD^G=DT^H+DT^{CP}+IT+L_s^G+UP_s^G-C^G-I^G-SB-L_b^G-UP_b^G$$
$$=S^G+L_s^G+UP_s^G-I^G-L_b^G-UP_b^G$$
海外
$$FSD^{O}=IM-EX-FC$$
定理
土地の売買
土地の売買は一国内で閉じている。
$$L_s^H+L_s^{CP}+L_s^G=L_b^H+L_b^{CP}+L_b^G$$
中古資産の売買
中古資産の売買は一国内で閉じている。
$$UP_s^H+UP_s^{CP}+UP_s^G=UP_b^H+UP_b^{CP}+UP_b^G$$
資金過不足
4部門の資金過不足の合計はゼロとなり、資金過剰な主体から資金不足の主体へ融通が行われている。(謎:全部門が上式の意味で資金不足だとしても、銀行(in企業部門)が信用創造すれば経済全体の資金を賄えてしまうのでは?)
$$FSD^H+FSD^{CP}+FSD^G+FSD^O=0$$
この点、今までに示した式を代入して確認してみよう。
$$FSD^H+FSD^{CP}+FSD^G+FSD^O=S^H-I^H+S^{CP}-I^{CP}+S^G-I^G+FSD^{O}$$
これがゼロに等しい。
仮に海外の資金過不足がゼロ、あるいは閉鎖経済を考え、そもそも海外部門がないものとすると、
$$S^H+S^{CP}+S^G=I^H+I^{CP}+I^G$$
この等式は、一国の一定期間における貯蓄と投資の金額が等しいことを表し、貯蓄投資バランス(ISバランス)と呼ばれる。
補足
上では、所得と消費を貯蓄にまとめた大雑把な方の式を用いたが、まとめていないバージョンの式を使うとどうなるか。
$$FSD^H+FSD^{CP}+FSD^G+FSD^O=IN^H-C^H-I^H-DT^H+IN^{CP}-I^{CP}-DT^{CP}+DT^H+DT^{CP}+IT-C^G-I^G-SB+FSD^{O}$$
$$=IN^H-C^H-I^H+IN^{CP}-I^{CP}+IT-C^G-I^G-SB+FSD^{O}$$
これがゼロに等しいのだから
$$IN^H+IN^{CP}=C^H+C^G+SB-IT+I^H+I^{CP}+I^G$$
やはり、家計の粗所得は補助金の受取を含んでおり、企業の粗所得は補助金の受取および間接税の支払を含んでいるという解釈で合っているようだ。
参考文献
齊藤誠・岩本康志・太田聰一・柴田章久(2016)『マクロ経済学新版』, 有斐閣(p.59あたり)
マクロ経済学新版 (New liberal arts selection) [ 齊藤誠(経済学) ] 価格:4,620円 |
【新型コロナ】歴史的にみてどのくらいヤバいのか
現在、世界的に大流行している新型コロナウィルス(coronavirus, 2019-nCoV)による感染症COVID-19。
その死者数や経済的損失の大きさから、人類の歴史にその悪名を刻むことはもはや確実だが、これまでにみられたパンデミックと比べて、果たしてどのくらいの規模なのだろうか。前代未聞と言えるのか、はたまた意外にもありふれたものなのか。
感染収束までの見通しは未だ立たず、最終的な規模は不明ではあるが、大雑把に見積もってみたい。
目次
死者数は実は「中くらい」?
人類がこれまでに直面してきたパンデミックの規模を、すごく分かりやすく可視化したチャートが Visual Capitalist から公表された。
イガイガボールの大きさが各パンデミックの規模(死者数)を表しており、パンデミック同士を容易に比較できるようになっているほか、人類が幾度となく病原体に苦しめられてきた歴史も一目で分かる。有名な黒死病(Black death)は人類史上最恐であり、その死者はなんと2億人だ。*1
このチャート上では、COVID-19はすごく下の方に小さく書かれている。COVID-19による死者数の世界合計は、およそ12万人超(2020.4.14現在)。野口英世が研究したことで有名な黄熱病と同程度の規模となっており、紀元後のパンデミック20回中、第17位だ。この数字だけを見ると、「案外大したことはないのではないか?」という気がしてくる。
だが、2000年間にわたる出来事を一概に比較するのは乱暴だろう。大昔のパンデミック時には、現在よりも疫学的な知識や医療技術が不足し、生活水準も低かったことで死者数が増えてしまったと考えられるため、現在の状況との単純な比較はしづらい。
そこで、生活や技術の状況が現在にある程度近いと考えられる第二次大戦後に比較対象を絞ると、以下の表のようになる。
順位 | 病名等 | 流行年 | 死者数(万人) |
---|---|---|---|
1 | エイズ(HIV/AIDS) | 1981-現在 | 2500〜3500 |
2 | アジア風邪(Asian Flu) | 1957-58 | 110 |
3 | 香港風邪(Hong Kong Flu) | 1968-70 | 100 |
4 | 豚由来インフルエンザ(Swine Flu) | 2009-10 | 20 |
5 | COVID-19 | 2019-現在 | 12 |
6 | エボラ出血熱(Ebola) | 2014-16 | 1.1 |
7 | MERS | 2015-現在 | 0.085 |
8 | SARS | 2002-03 | 0.077 |
パンデミックは全部で8回起こっており、エイズが圧倒的な1位。その中でCOVID-19は第5位だ(2020.4.14現在)。ふむ、やはりそれほど際立った数字ではない。この数字だけをもとに、COVID-19が歴史的にみてどのくらいヤバいのかという質問に答えるなら、「中くらい」ということになろうか。
ただし、これはあくまで現在までの累計死者数に基づく比較であり、今後、パンデミックが完全に収束するまでの間に出てしまうであろう死者数を計算に入れていない。
先行きを考えれば少なくとも「中くらい以上」
そこで、今回のパンデミックが完全に収束した段階での最終的な死者数の見込みを大雑把に算出して、比較してみよう。
一般的に、感染症による死者数は、下の図(実線)に示されたインフルエンザの例のように、(i)増加し、(ii)ピークを迎え、(iii)徐々に減衰していくものと考えられる。
現在、世界各国で医療従事者の懸命の働きやロックダウンが功を奏し、COVID-19による死者数にピークアウトの兆しが見えているとの報道をちらほら耳にする。つまり、現在我々は上図でいうところのピークにいるということだ。
ここでは簡単のため、医療崩壊や第二波の可能性を無視し、かなり楽観的に見積もってみよう。死者数の推移のカーブは、ピークを境に概ね左右対称であると見る。つまり、ピークから収束までに出る累計死者数は、ピークを迎えるまでの累計死者数と同数に収まると仮定する。この場合、COVID-19による最終的な死者数の世界合計は、現在(ピーク)までの累計死者数およそ12万人の2倍で、およそ24万人ということになる。
この数字を、先ほどの Visual Capitalist によるチャートに当てはめると、黄熱病や2009年の豚由来インフルエンザによる累計死者数を抜き、紀元後のパンデミック20回中では少なくとも第15位、第二次大戦後のパンデミック8回中では少なくとも第4位までは上昇する見込みとなる。上述のとおり、かなり楽観的に見積もってこれであるから、今後状況がさらに悪化し、順位を上げないとも限らない。従って、先行き収束までの死者数見積もりを勘案すれば、COVID-19は歴史的にみて少なくとも「中くらい以上」のヤバさだと言えるだろう。
まとめ
現在、全人類の関心を一挙に集めているCOVID-19。そのヤバさ(死者数の多さ)をパンデミックの歴史に照らすと、意外にも「中くらい」であって、前代未聞というほどのものではないことが分かった。
しかし、完全に収束するまでに出てしまうであろう死者数の見込みを考慮に入れると、かなり楽観的な見積もりをしたとしても、少なくとも「中くらい以上」にはヤバくなりそうであることも分かった。より実際的な見込みにおいては、医療崩壊による感染のさらなる拡大や、ロックダウン明けの油断による第二波の可能性も指摘されており、楽観視できる状況では毛頭ない。
さらに、言うまでもないが、ここでCOVID-19を比較していた対象は人類史に名を残したヤバいパンデミックたちであり、その中で仮に「中くらい」であったとしても、そもそもパンデミックしている時点でヤバいのである。明日は我が身と思い、なるべく家に引きこもろうではないか。
(おまけ)全人口に対する死者数の割合
病原体のパンデミックで多数の死者が出ることは上述のとおりであり、言わずもがなでもあるが、その全人口に対する割合というのは一体どれほどのものなのだろうか。ここでは、第二次大戦後のパンデミックについて、その死者数が流行期間中の人口の平均値に占める割合を見てみよう。*2
順位 | 病名等 | 流行年 | 死者数(万人) | 世界人口(億人) | 割合(%) |
---|---|---|---|---|---|
1 | エイズ | 1981-現在 | 2500〜3500 | 61.8 | 0.485599 |
2 | アジア風邪 | 1957-58 | 110 | 29.0 | 0.037938 |
3 | 香港風邪 | 1968-70 | 100 | 36.3 | 0.027579 |
4 | 豚由来インフルエンザ | 2009-10 | 20 | 69.1 | 0.002892 |
5 | COVID-19 | 2019-現在 | 12 | 77.5 | 0.001548 |
6 | エボラ出血熱 | 2014-16 | 1.1 | 73.8 | 0.000149 |
7 | MERS | 2015-現在 | 0.085 | 75.9 | 0.000011 |
8 | SARS | 2002-03 | 0.077 | 63.4 | 0.000012 |
かなり雑な計算ではあるものの、これでなんとなくの規模感はつかめるのではないだろうか。ちなみに、一説によると黒死病による死者数の当時の人口に占める割合は20%超だというから恐ろしい。それと比べて表中の数字が小さいのは、人類の疫学知識の蓄積の表れかもしれない。
数字が小さすぎて分かりにくいので言い換えると、COVID-19については100万人あたりおよそ15人、東京都の人口930万人あたりではおよそ140人超が死亡する割合ということになる。東京都で確認されている死者数は47(2020.4.14現在)なので、今のところ世界平均よりはだいぶマシと言えるだろうが、油断はできない。